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2-2. オフィスのルーツ・西洋編 (2)
ローマ帝国では4世紀前半にキリスト教が許容され、後半には国教化されましたが、そこでも[office]という言葉が見 受けられます。現在の日本語で「聖務日課」と呼ばれるもので、ラテン語で[Liturgia Horarium]または[Officium Divinum] と書かれます。依然として[office]は場所ではなく「事務」といった意味です。また、[divinum](divine)は「神から授 かった、神権の」という意味なので、[Office Divinum]はまさに「聖務日課」と訳せる言葉です。先の記事で「事務」 という言葉と仏教の関係を指摘しましたが、[office]とキリスト教にも近い関連性が見てとれるのは、興味深い事実で す。
さて英語では[office]という言葉は一般的ですが、もう1つ、[bureau]という言い方があります。[office]よりも公的 な機関を指す言葉として現在は使われています。音が随分違いますがこちらもラテン語源で[burellum]が転じて [bureau]となった様です。フランス語においては[bureau]という言葉がまさに事務所をさす言葉としてあり、[office] という言葉はフランス語の語彙にはありません。フランス語において興味深いのは[bureau]という言葉が「事務所」と 共に「事務机」をさす言葉として使われているところです。つまり言葉の変遷として、「地位」や「仕事」を指す言葉か ら意味が転じて「場所」や「家具」を指す言葉になったということが考えられます。
2-2. オフィスのルーツ・西洋編 (1)
前回は日本の事務所のルーツを辿ってみましたが、同様に西洋の歴史の中でも検証してみてみたいと思います。 [office]の語源を辿ってみると、[opus(仕事)]+[fice(facere=する)]というラテン語の組合せとして構成されています。 古代ローマでは既に[officium]という「サービス、儀式、義務」を意味する言葉が成立していたということで、現代の [office]という言葉の由来は2000年以上前、紀元前後に求めてもよさそうです。その際には現在のように場所を示す言 葉ではなくて地位を意味していたようで、例えばローマ後期やビザンチン帝国時代に下って役人のトップが[Magister Officium] (Master of Offices)と呼ばれていたということからも分かります。(現在の地位で言えば、省庁の事務次 官といったところでしょうか。)現在の英語にすれば、[office]というよりも[officer]という人を指す言葉です。 [Officium]が働く場所としての[office]が出てくるのは、もう少し時代を下ることになります。
2-1. オフィスのルーツ・日本編 (5)
「武士の家計簿」は江戸後期の加賀藩の御算用者、即ち会計事務の専門家であった猪山家の家計簿についての話です。映画はストーリーとして構成されていましたが、実際の原作の本は猪山家の家計簿を資料としたれっきとした歴史研究の書物で、当時の下級武士の生活を家計の視点からとてもよく描かれています。
さて御算用者は藩の財政を担う部署とのことでしたが、加賀藩についてはさらに農地の管理などより幅広く行政に関わっていたようで、100万石の加賀藩に150名程度の御算用者がいたようです。その仕事ぶりは映画のワンシーンとしても描かれています。
ちょっとした広間にところ狭しと長机を並べて、その上には硯と算盤、それに帳簿の様な書類があります。これをオフィス環境として考えてみると、正座での業務はかなり厳しそうです。とはいえ、当時は照明がないこともあって勤務時間は日中に限られているので、労働時間そのものは現在のそれに比べるとずいぶんと短かったようです。
2-1. オフィスのルーツ・日本編 (4)
「江戸名所図会」のような風俗画は当時の江戸内外の町人の生活・風景を伝えてくれている貴重な資料ですが、武士はどうだったのでしょうか。当時の税金である年貢の管理など、平和な江戸中期には武士も戦に備えて身体を鍛えているというよりも、事務仕事が中心だったはずです。きっと彼らが仕事をしていたのは城内、あるいは武家屋敷内だと思われますが、それが中まで描かれている様な図絵はあまり多くありません。当然、塀の中の風景ですので、描き手である絵師もあまり立ち入ることができなかったのでしょうか。鳥瞰図的なお屋敷の屋根だけ見える遠景の風景画は多くあります。ところどころお屋敷内の様子が描かれている資料としては、「洛中洛外図」(色々なバージョンがあります。)
があります。お屋敷内の風景は貴族が大勢で集まっているところであったり、なかなか武士の「事務」の様子を見て取ることは難しいです。武士が事務仕事をしているのは余り絵にならないからでしょう。
その当時の時代を探るには残されている絵に頼るよりも、書かれたものに頼った方が良さそうです。例えば、数年前に映画化された「武士の家計簿」(2010)や「元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世」(神坂次郎著/中公新書)などが参考になりそうです。
2-1. オフィスのルーツ・日本編 (3)
現在、「事務」と言えば、パッと想像するのはデスクワークです。「事務」で広辞苑を引けば「…。主として机に向かって書類などを処理するような仕事をいう。」とありますので、デスクワーク[desk work=机上の仕事]という言い方は、ズバリその通りなわけです。仏教との関連を指摘しましたが、近代以前の社会を想像すると事務的な仕事というのはそれほど多くはないでしょう。先の語源との関連で言えば、例えば仏教における写経などは、今の規範から考えても1つの事務と考えても良さそうです。
また「江戸名所図会」などの昔の風俗画を見てみると、当時の商人の事務も見えてきます。
この絵では日本の伝統的な商店建築の特徴がよく見て取れます。とても開放的な店先で、軒下の一部は土間になっていて、軒先まではお客さんが入って来られます。その奥は縁側のように一段上がって畳敷きになっており、そこにお客さんが座って商談をしているのでしょうか。絵の左上手にはカウンターのような長い台が奥に延びていて、台の上には帳簿の様なものがあります。そこで働く人々はデスクワークをしているに違いありません。店舗と一体となっているとはいえ、現在のオフィス環境と比べるとかなり開放的です。
ちなみにこの絵の商店は、日本橋にあった鶴屋という屋号の本問屋だったそうです。