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2-1. オフィスのルーツ・日本編 (4)
「江戸名所図会」のような風俗画は当時の江戸内外の町人の生活・風景を伝えてくれている貴重な資料ですが、武士はどうだったのでしょうか。当時の税金である年貢の管理など、平和な江戸中期には武士も戦に備えて身体を鍛えているというよりも、事務仕事が中心だったはずです。きっと彼らが仕事をしていたのは城内、あるいは武家屋敷内だと思われますが、それが中まで描かれている様な図絵はあまり多くありません。当然、塀の中の風景ですので、描き手である絵師もあまり立ち入ることができなかったのでしょうか。鳥瞰図的なお屋敷の屋根だけ見える遠景の風景画は多くあります。ところどころお屋敷内の様子が描かれている資料としては、「洛中洛外図」(色々なバージョンがあります。)
があります。お屋敷内の風景は貴族が大勢で集まっているところであったり、なかなか武士の「事務」の様子を見て取ることは難しいです。武士が事務仕事をしているのは余り絵にならないからでしょう。
その当時の時代を探るには残されている絵に頼るよりも、書かれたものに頼った方が良さそうです。例えば、数年前に映画化された「武士の家計簿」(2010)や「元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世」(神坂次郎著/中公新書)などが参考になりそうです。
2-1. オフィスのルーツ・日本編 (3)
現在、「事務」と言えば、パッと想像するのはデスクワークです。「事務」で広辞苑を引けば「…。主として机に向かって書類などを処理するような仕事をいう。」とありますので、デスクワーク[desk work=机上の仕事]という言い方は、ズバリその通りなわけです。仏教との関連を指摘しましたが、近代以前の社会を想像すると事務的な仕事というのはそれほど多くはないでしょう。先の語源との関連で言えば、例えば仏教における写経などは、今の規範から考えても1つの事務と考えても良さそうです。
また「江戸名所図会」などの昔の風俗画を見てみると、当時の商人の事務も見えてきます。
この絵では日本の伝統的な商店建築の特徴がよく見て取れます。とても開放的な店先で、軒下の一部は土間になっていて、軒先まではお客さんが入って来られます。その奥は縁側のように一段上がって畳敷きになっており、そこにお客さんが座って商談をしているのでしょうか。絵の左上手にはカウンターのような長い台が奥に延びていて、台の上には帳簿の様なものがあります。そこで働く人々はデスクワークをしているに違いありません。店舗と一体となっているとはいえ、現在のオフィス環境と比べるとかなり開放的です。
ちなみにこの絵の商店は、日本橋にあった鶴屋という屋号の本問屋だったそうです。
2-1. オフィスのルーツ・日本編 (2)
もう少し言葉「事務」を細かく見ていきます。
「事務」という言葉自体は古くから漠然と仕事一般を指す言葉として成立していたようです。それぞれの漢字の意味も広辞苑に因れば、「事:1、こと。ことがら。できごと。2、おこない。しごと。3、つかえ従うこと。4、個別的・具体的な現象。」「務:つとめること。はたらくこと。仕事。つとめ。」となっていて、大まかに仕事全般を指すということです。仏教では形而上的な真理や理法を示す「理」という言葉に対応する形で「事」(上述4の意味)が位置づけられていて、「務」の方でいえば、例えば禅宗では掃除などの労務を修行の一端として「作務」という言葉もあるので、語源を辿れば仏教的な世界から来ているのかもしれません。
特に明治以降に英語の[affair]や[business]の対訳として「事務」が当てられるようになり、より一般化したとのこと。また「言海」という初の国語辞典(近代国家が国語を辞典としてまとめることは、当時の西洋列強のトレンドでした。)が編纂され、その中に取り上げられることで一般化したものと考えられます。
2-1. オフィスのルーツ・日本編 (1)
2. オフィスの歴史
本連載で取り上げる「オフィスビル」についてですが、今回はその呼称を手がかりにオフィスの歴史を探っていきたいと思います。
「オフィス」を日本語にすれば、当たり前ですが「事務所」という言葉が対応するかと思います。例えば、建物を建築する時に建築基準法に則って届出を出す必要がありますが、その際に用途を書く欄があり、それには「事務所」という用途を書くことになります。その言葉の中身は広辞苑での解説の通り「事務を取り扱う所。オフィス。」ということです。
過去に読売新聞の記事内「編集手帳」において高島俊男さんという中国文学者がエッセイで書いておられるようですが、「事務所」という言葉は1882年に鳩山和夫(鳩山由紀夫・邦夫氏の曾祖父)が法律事務所(当時は代言人事務所)を開設する際につくった造語とのことです。1876年に代言人が試験をパスして得られる資格として位置づけられたものの、法律事務所と呼ばれるその事務をする場所をつくったのが彼が初めてと言われています。
1-1. 都心/オフィスビル (5)
郊外の住宅がたびたび建築家や社会学者のテーマに扱われて、都心のオフィスビルにはその機会が少ないというのは幾つか理由があるかと思います。
住宅の場合はオーナーが自分自身のために建てることが多いですので、没個性的な商品化住宅で満足できないとなれば(商品化住宅なりに個性を出そうとはしているようですが。)建築家に設計を依頼することもあるでしょう。特に日本では若い建築家は戸建て住宅をスタートにして、そのキャリアを始めることが多いです。それが都心のオフィスビルからスタートするとはあまり想像できません。オフィスビルの多くは賃貸物件ですし、そうなると不動産市場における評価が設計を決める最大の要因となるでしょう。各建物で個別の、個性的な価値を創造しようとする建築家に依頼するというよりは、オフィスビルは商品化(パッケージ化)されていないにも関わらず、ある意味で商品化住宅のように固定された価値に向かって設計できる設計者が求められるわけです。つまりオフィスと住宅とでは逆の立場、状況から、お互いに向かうようにベクトルが向いていると見てもよいかもしれません。
この連載では以上のような文脈から、中小のオフィスビルを考察するというあまり多くはない試みだと思います。なるべくテーマの制約をつくらずに、ざっくばらんに網羅的にトピックとして取り上げて、「オフィスビル」の全体像を浮かび上がらせるような連載にしたいと考えています。