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7-1. 熱環境 (2)

今から800年ほど前のことになりますが、鎌倉時代末期に兼好法師が『徒然草』の中で以下のように書いています。
「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑き比わろき住居は、堪へ難き事なり。
深き水は、涼しげなし。浅くて流れたる、遥かに涼し。細かなる物を見るに、遣戸は、蔀の間よりも明し。天井の高きは、冬寒く、燈暗し。造作は、用なき所を作りたる、見るも面白く、万の用にも立ちてよしとぞ、人の定め合ひ侍りし。」
最初の部分を意訳すれば、
「家のつくり方としては、夏のことを考えるべき。冬はどこにだって住める。暑苦しい住居は堪え難い。」
ということです。これは火鉢で火を焚くなり、重ね着をするなりすれば暖は取れるものの、涼を取る装置的なものが当時は存在しなかったので、夏のことを考えて家をつくりなさいということでしょう。
続けて
「深い水は涼しげではないが、浅く流れている水は遥かに涼しい」
と涼の取り方を指南しています。物理的なことを言えば、水があれば気化熱で涼しさが取れると言うこともあるでしょう。実際のところ水の深さや流れと言うものはそんなには関係がない様な気もしますが、確かに何となく水が留まっているよりも、流れている方が涼しい感じはしますね。

7-1. 熱環境 (1)

7. オフィスビルの環境

「環境」というとその言葉の意味はかなり広いですが、本稿で言うところの「環境」は大まかに、建築物を取り巻く物理的な状況のことを指すこととします。とりわけ、室内環境を主に書いていこうと思います。
建築物における物理的環境はいくつかの切り口があります。それらは人間の知覚(あるいは「五感」と言っても良いでしょうか?)に対応して、熱、音、光などが挙げられ、そもそも建築物というのはそれぞれの環境を制御する装置という考え方もできます。オフィス空間は日中に長時間、滞在する場所なので室内環境がそこに居る人に与える影響は大きいものと思われます。本稿ではそれぞれの環境と、それを制御する建築の装置的な側面と併せて考察していきたいと考えています。
室内環境といって真っ先に思いつくものは「熱環境」です。熱環境を制御する代表的な装置は空調設備ですが、それが同時に扱う環境の範疇としては、湿度や換気に関連することもあるので熱環境の一言で語るのも難しいことですが、そもそも物理的環境が複合的なものですし、あまり厳密に言葉に捕われすぎずに話を進めて行こうかと思います。

6-1. 机 (10)

また余談ですが、タイプライターの登場は事務職における女性の社会進出に大きく貢献したようです。紡績工場などの作業員と比べると「タイピスト」の給与は10倍もあったようで、20世紀初頭の女性の憧れの職業だったそうです。
ところでタイプライターの登場におけるもう1つの影響は、書類が大幅に増えたことです。記録が簡単になった分、記録する事物が増えていくことは容易に想像できます。当時はタイプライターも重く、かつ紙の量も増えたために、机に掛かる荷重が増大しました。またタイプライターとともに複写機が普及したのも相まって、それらの荷重に耐えられるスチール製の事務机が普及しました。
その後、ワープロ、パソコンと事務仕事に付随する機器が発展するとともに、事務机もそれに合わせて変化していったことは、この紙面で書くにも及ばないでしょう。
さらに現在では、デスクトップ型のパソコンからノートパソコンになったことや、書類の管理が紙からデータベースへ移行していることもあり、もはや特定の机を選ばないワークスタイルが確立しています。今やカフェの小さな丸テーブルでも立派な事務机として機能してしまいます。それを思うと、1000年以上続いている「机」の流れがもはや解体されてしまったと考えても良いのかも知れません。

6-1. 机 (9)

図6-1-14:ショールズ&グリデン・タイプライター

図6-1-14:ショールズ&グリデン・タイプライター

このタイプライター、パッと見でお分かりのように、あたかもピアノのようであり、あるいはミシンのようでもあります。この足のペダルのところは紙を送るためのものでしょうか。このタイプライターの発明者はそのなの通り、ショールズ氏と彼を助けたグリデン氏とのことですが、その特許権はE・レミント・サンズ社という会社に売却されました。現在でも銃器メーカーとして存続しているこの会社は、当時はミシンの製造もしていた様なので、あたかもミシンの様な形になったのでしょう。また文字を書くという行為を思い返せば、机と一体化しているようでもあります。ちなみにこの当時のタイプライターは印字された面が紙の裏側にあり、タイピングしている人はその文字を確認できなかったようです。20世紀に入ってから、それも改良され、現在でもイメージするタイプライターの型となりました。
その当時のタイプライターと机をセットで見てみましょう。

図6-1-15:タイプライター用机

図6-1-15:タイプライター用机

これが典型的なタイプライター用の机で、タイプライターを置く部分の高さが低い位置に設定されています。これは明らかにタイピングの身体の動きに合わせたものでしょう。現在ではキーボードは優しいタッチでもパソコン上に反映されますが、インクリボンを通して型で押していたタイプライターはある程度、力強く指で叩く必要がありました。昔の映画で、女性が「パチッ、パチッ」と小気味良い音を立てている場面を思い出します。

6-1. 机 (8)

図6-1-13:パソコン・インターネット普及率

図6-1-13:パソコン・インターネット普及率

ついでの話ですが、パソコンの普及に伴ってインターネットも劇的に普及しています。98年時点で10%程度だったものが、2003年時点では90%近くまで上昇しています。この原稿を書くにあたって古代ギリシア及びローマ以来の多くの情報をインターネット経由で得ていますが、それらもここ10年程度でインターネット上にアップされているということでしょう。歴史をギュッと凝縮した様な気持ちがします。
さて、机の話に戻りますが、何を書きたいかと言えば、机は1000年以上もの間、事務仕事において紙上にペンで書き物をする場でしたが、コンピューターの様な器械がその机の位置づけを変えたのではないだろうか?ということです。今から振り返れば、パソコンの前にはワープロがありましたし、それより以前にはタイプライターがありました。
ここでタイプライターの歴史を詳細に追うことはしません。というのも、意外とその歴史は複雑なようだからです。18世紀初頭にそれらしきものが発明された以降、改良を重ねながら徐々に世間に広まっていきました。タイプライター(typewriter)という言葉が与えられ、一挙に普及したものはSholes and Glidden Type-Writer「ショールズ&グリデン・タイプライター」で、下図のようなものです。

図6-1-14:ショールズ&グリデン・タイプライター

図6-1-14:ショールズ&グリデン・タイプライター