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オフィスビル経営の基本Ⅱ 経営者としての心構え⑪
STEP4.市場分析
市場調査は手段であって目的ではありません。競合の調査を終えた後、自分のビルも含めた比較・分析に進みます。
1.募集条件比較表で比較する
これまで調査し絞り込んだ競合ビルと、自分のビルを比較するために、「募集条件比較表」を作成します。
この「募集条件比較表」は当社が実際に使っているものです。
このサイトを訪問した皆さんが、実際に利用できるよう、PDF、エクセルも用意しました。まずはダウンロードをして「募集条件比較表」の全体、項目を確認してください。
募集条件比較表
ダウンロードはこちらから
オフィスビル経営の基本Ⅱ 経営者としての心構え⑩
4.最終的に競合となるビルを絞り込む
前コラムまでの情報収集が完了した後、真に自分のビルと競合する物件を更に絞り込みます。これまで情報収集した物件情報をもとに自分のビルと条件の近い50~60物件を選び出した後、実際に物件を見て歩き、20物件から30物件まで絞るのです。
絞り込むための基準は、オフィスビル経営の基本Ⅱ 経営者としての心構え⑧で述べたとおりですが、この段階では、オフィスビル経営の基本Ⅱ 経営者としての心構え③~⑥で詳解した物件評価書も使用し、真に競合するビルを見抜いていきます。
必ず自らの五感でビルの価値を判断していきましょう。車で通りすがりに見ると言う程度ではビルの本当の姿はわかりません。オフィスを探す企業の経営者の気持ちになって、最寄駅からビルまで、ビル周囲の環境、建物の周囲、外観、エントランス、エレベーターホール、エレベーター内、トイレまで隈なくチェックし、自分のビルと競合するかどうかをチェックしていきます。
こうして最終的に絞り込んだ20~30物件が、自分のビルと競合するビルになります。
4-3. トイレ (14)
フランスには建材の見本市で「BATIMAT」というイベントがあり、建築関連のあらゆる商品がそこで展示されており、今年は偶然、浴室関連商品の特集が組まれていました。日本での便器のシェアはTOTOとINAXの2社で大半が占められている一方で、欧州ではかなりの数のメーカーが様々なデザインの製品を出しています。つまり日欧の大きな違いは、日本の便器はデザインもさることながら、ウォシュレットや暖房便座などの便器特有の機能を付加することによって製品を刷新し、それが多くの人々の日常に受け入れられているのに対して、欧米では便器としての最小限の機能を充足した上で、後はデザインで製品の良し悪しを競っているという、市場環境の差が歴然としています。特殊な機能ではなくデザインで他社と差異化を計っているということは、日本に比べて多くのメーカーが参入しやすい環境です。
その「BATIMAT」にはTOTOも出展していましたが、高機能を売りにしているということもあり他社と比べると相対的に価格は高く設定されており(最高額商品で10,000ユーロ=140万円程度)、会場の中でも際立ったプレゼンテーションでした。
4-3. トイレ (13)
ところで日本では用を足した後にお尻を拭くトイレットペーパーも洋式便器の導入と同時期に使われるようになったようで、それ以前は籌木(ちゅうぎ)と呼ばれる木のへらが使われたり、カエデの木が便所のすぐ側に植えられていることも多かったようです。
本稿の冒頭にトイレの場合は歴史的な時間の流れもさることながら、地域による習慣の差が大きいと言ったことを書きました。現在では大抵、トイレは個室として在ることが世界的には共通しているようですが、やはり便器の形などに未だに地域差が反映されている点が見られ、とても面白いところです。
日本に居ると一般的になっているウォシュレット(これは正確にはTOTOの商品名で、本来ならば「洗浄便座」とでも言った方が良いのでしょうか。)や暖房便座などは、まさに日本の特有のトイレの形式と言えるでしょう。2010年時点で日本での普及率は70%を超えているほど一般的になっていますが、海外に行くと殆どありませんので、マドンナが来日時に「日本の暖かい便座がなつかしい」といった旨の発言をしたとのことです。
4-3. トイレ (12)
現在、日本の衛生陶器のシェアはTOTOとLXIL(旧INAX)が大半を占めていて、トイレは日常生活にも身近なものですので、一般的にも名が通っていることだと思います。TOTOの元々の名前は東洋陶器といって、その略称「東陶」からアルファベット表記のTOTOがブランド名、現在では会社名となっています。
TOTOは20世紀初頭に洋風建築の需要増加に伴って、日本陶器という会社内に衛生陶器の研究所として発足したのが始まりだそうですが、当初は市場が小さく難しい時期が続いていたとのことですが、その後、第一次世界大戦でヨーロッパにおいて生産力が衰えたことによる海外需要を満たす輸出用の製品や、関東大震災後の復興需要で業績を伸ばしたようです。また、その頃から東京では下水道の整備が進んで来たことも衛生陶器の普及に大きく貢献したことだと思われます。
このようにトイレは木製から陶製のものへシフトしていきました。