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4-3. トイレ (4)

冒頭にも書きましたが、人の動物的な生理現象は止めようがないので、人類が建物を建てるようになって割合早い時期に既にトイレは存在していたようです。
紀元前25世紀にはインダス文明のハラッパにトイレと風呂の遺構が見つかっています。ここでは各戸を貫通して水路が流れているので、最初期から水洗便所が成立していたということが分かります。同様のシステムは同時代のモヘンジョ=ダロやロンタルといった都市でも見られていたようです。

図4-3-1:ロンタルの水洗便所

図4-3-1:ロンタルの水洗便所

このように人類史の最初期から水洗トイレが見られるように、トイレに関して言えば発展の末に水洗になったというよりも、地域によって衛生観念や処理方法に差があると見た方が良いようです。
例えば、イエメンの首都サナアの8世紀頃に建てられたお城では上階の端にトイレがありました。トイレだけお城の外壁から城外に飛び出していてその下に直接、用を足したとのことです。これだけ聞くと非常に不潔なようですが、中近東のように非常に暑くて乾燥している地域だと便がすぐに乾燥してしまうので、衛生面では全く問題がなかったとのことです。環境を利用したとても面白いあり方です。
同様に砂漠の民にもトイレが必要ありません。そもそも遊牧民は建物すらないですが、定住の民でも近くには衛生面では水よりもきれいな砂漠の砂がトイレの役割を果たしてくれます。砂は日中の非常に強い日差しに晒されるので無菌状態だそうで、そこに用を足してもすぐに殺菌されますし、糞尿自体が砂漠に住む虫(フンコロガシ)などの貴重な栄養源ですので、自然のサイクルの中に還ります。砂は全く水と同じ使い方で、お尻を拭くのも砂ですし、手を洗うのも砂です。

4-3. トイレ (3)

中公文庫から出版されている谷崎潤一郎の『陰翳礼賛』に「厠のいろいろ」というエッセイが収録されています。またタイトルとなっている「陰翳礼賛」というエッセイの中にも日本建築における便所について一部書かれており、現代的な感覚からするととても興味深い論考になっています。
「…日本の厠は実に精神が安まるように出来ている。それらは必ず母屋から離れて、青葉の匂や苔の匂のして来るような植え込みの陰に設けてあり、…その薄暗い光線の中にうずくまって、ほんのり明るい障子の反射を受けながら瞑想に耽り、または窓外の庭のけしきを眺める気持ちは、何とも云えない。」
ある意味では英語の[rest room]的な話なのかも知れませんが、「ご不浄」的なニュアンスというよりもむしろ心安める瞑想の場としての日本の便所の美学を書いています。白い壁に囲まれた水洗の西洋式トイレは衛生面で優れていることは理解しつつも、
「総てのものを詩化してしまう我等の祖先は、住宅中でどこよりも不潔であるべき場所を、却って、雅致のある場所に変え、花鳥風月と結びつけて、なつかしい連想の中へ包み込むようにした。」
との解釈は、現代のトイレを再考する上で参考になる論考です。

4-3. トイレ (2)

英語でいう[toilet]はそもそも場所というよりも便器を指していたようです。そういう意味で場所については[toilet room]というのが本来的な呼び名です。また英語でも同様にトイレのことを婉曲的に表現する言い回しは多く、[rest room]や[bathroom]、[laboratory]といった表現があります。日本語訳を考えてしまうと[rest room](休憩所)や「laboratory」(研究所?)なんて、ちょっとおもしろい表現に思えます。[bathroom]については、一般家庭では浴室に浴槽とトイレ、洗面所が[bathroom]として同じスペースにあるためにこのような表現となっているのでしょう。ちなみにより一般的なW.C.は[Water Closet]の略だそうです。水場でクロゼットの様に狭いスペースといった感じでしょうか。
ちなみにフランス語でもつづり違いの[toilettes](なぜか複数形)や英語から来ているWCという表現が一般的に使われています。

4-3. トイレ (1)

4. オフィスビルの部分

この章では自動ドアやエレベーターについて書いてきましたが、これらは必ずしもオフィスビルに不可欠という部分ではありません。オフィスビル、あるいは建築物一般と言ってもいいかもしれませんが、エアコンがなくても、キッチンがなくてもオフィスビルとして成立すると言うことも可能でしょうが、しかしながらトイレはどうしても必要不可欠な場所です。
(※以下、本トピックはあまり美しくない内容も書くことがあるかと思いますので、お昼休みにお食事中の方は続きを読むことを控えた方が良いかも知れません。)

言葉の上では「便所」というのは行為を直接的に表現した言い回しですが、その他、日本語では「お手洗い」「厠」「ご不浄」「はばかり」「手水」など色々な婉曲表現でその場所を示しています。今ではちょっと古めかしい「厠」という表現は、語源辞典によれば712年の『古事記』にも見られる表現だそうで、川の上にあった家屋「川屋」ということだそうです。あるいは「厠」という漢字の読んで字の如く、母屋ではなくその側にある屋「側屋」という説もあるようです。

7-2. 環境基準 (3)

これらの環境指標が目指していることは当然、環境負荷を減らしつつ如何に快適な建物の環境を得られるかということを目論んでいるわけですが、この「環境負荷を減らす」ということの意義が社会通念としてどれだけ共有されているのか、あるいは環境指標が普及することによって意義が共有されていけるのか?ということが重要です。
その点でいうとCASBEEに関していえばあまり一般には知られていないようですし、我々設計者も特にクライアントの要請がなければ積極的に認証を取ろうとしないのが多くのケースではないでしょうか。
この点、フランスにおけるHQEは中型以上のオフィスビル、集合住宅の開発に関していえば、認証を受けていることが当たり前となってきており、認証がないことでの不動産価値にも影響するようになっています。また現在は、HQEの指標から簡略化してよりシンプルに建物のエネルギー消費のみを評価するBBC(Batimemt Basse Consomation)という指標もあり、戸建ての住宅など小規模の建築物にも適用し易い様な枠組み作りが工夫されています。今は設計者がBBCの枠組みで設計するのは極めて常識的なこととなっています。
また不動産の売買、賃貸におけるその物件の平方メートルあたりの年間の消費エネルギーを表示することは法律で義務づけられており、結果としてそれが不動産価値に反映するという仕組みも出来ています。
このような外国の例を鑑みると、CASBEEの場合、設定された環境指標がいかに社会に受け入れられるのかということを戦略的に検討する必要があるようにも思えます。