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4-8. 階段 (8)

先述のダヴィットの絵画、ナポレオンの戴冠の絵がありましたが、歴史上のワンシーンに階段が登場して来ることは度々見られます。

図4-8-7:Fontainebleauの階段

図4-8-7:Fontainebleauの階段

上の建物はパリの南東部にあるフォンテーヌブロー[Fontainebleau]の宮殿の正面の階段です。土地としては12世紀頃にはフランス国王の領地になっていて、歴代のフランス王に愛され使われ続けた宮殿です。16世紀初頭のフランソワ1世時代に現在の宮殿の骨格がつくられ、その後の歴代の王が増築や改修を重ねて現在に至っているので、ルネサンス以降のフランスの建築様式が融合しておりとてもユニークな建物になっています。中庭を囲むように建物が配置されていますが、その正面となっているのがこの写真の馬蹄形の階段が取り付いている部分です。
ナポレオンが失脚した際にフォンテーヌブローに滞在していて、ここから幽閉、島流しに遭うときに、この中庭に整列した軍の面々に対して、階段の上から「adieu a mes enfants!」(さらば、我が息子たち!)と言って階段を下りて迎えの馬車に乗って去って行くという歴史上のシーンが有名です。やはりここでも「階段を下りる」=「失脚」という関係から、階段が象徴する権威ということを考える上で興味深い歴史のワンシーンです。

図4-8-8:ナポレオン/Fontainebleauの階段

図4-8-8:ナポレオン/Fontainebleauの階段

4-8. 階段 (7)

以前にエレベーターの稿でも書きましたが、ピアノ・ノビレは地上階の直上にありました。これは地上階のデメリットを回避した上で、最も労力を使わずにアクセス出来たからです。最も価値が低いのが階段を上るのが大変な最上階で、そこには使用人が住んでいました。19世紀にエレベーターが開発され、その重力に対する移動の労力が軽減されると、やはり地上から遠い最上階というのが最も価値のある階とされました。現代においても、眺望や周辺から隔離されているという環境を売り言葉にしていますが、実際のところやはり他人より上に自分がいるという付加価値も否めないと思います。
さて、このようにしてエレベーターの登場によって、実際の使用上も価値が下がった階段ですが、先述の通り昨今ではオフィスの場合は外部化されたり、裏に回されたりして、多くの場合はあまり積極的な価値を付与されていません。過去の例を見れば、建築全体としてより積極的な位置づけがなされている例もありますので、それらをいくつか俯瞰してみましょう。

4-8. 階段 (6)

卵が先か鶏が先かという話ではありませんが、建物を複数階化することによって必然的に現れる階段は、このように機能的に上下階を移動するということはもちろんのこと、それに付随して身体の配置を上下にレイアウトすることで社会的な意味合いも付与することとなりました。
ルネサンスの時代にはピアノ・ノビレ[piano nobile](イタリア語で「貴族の階」の意)という概念がありましたが、それはインテリアあるいはエクステリアの階段を上って、日本で言う2階に貴族が生活する居室や応接の間があったことを示しています。それに伴ってファサードも地上階は窓が小さくつくられ、ピアノ・ノビレでは相対的に窓が大きく、快適につくられていたものでした。下の図はヴィツェンツァにあるパラーディオ設計の[Palais Thiene Bonin Longare]という貴族の館ですが、地上階の窓が簡素につくられているのに対して、ピアノ・ノビレではアーチや三角形のペディメントが載っている窓として、そこがメインであることを示しています。

図4-8-5:Palais Thiene Bonin Longare

図4-8-5:Palais Thiene Bonin Longare

図4-8-6:Plan Palais Thiene Bonin Longare

図4-8-6:Plan Palais Thiene Bonin Longare

またこの建物の地上階の平面図を見てみると、建物内に2つの階段が見て取れます。大きく建物が3分割されていますが、真中は半外部空間となっており、ここに馬車が付けられます。大きい階段側に貴族がおりて、大きく緩やかな方の階段を上ってピアノ・ノビレに上がります。つまり左側のインテリアは使用人用のスペースで、小さな廻り階段で使用人は階を上下することになります。ちなみに馬車はそのまま奥に進んで行くと中庭に出るので、そこで旋回して外に出る方向に向かえるわけです。

4-8. 階段 (5)

このような身体の位置の高低差が象徴する身分というものは日本だけに限ったことではなく、世界的に見られる事象のようです。

図4-8-4:ナポレオンの戴冠式

図4-8-4:ナポレオンの戴冠式

新古典主義の画家、ダヴィットが描いたナポレオンの戴冠式の様子です。本来は戴冠されるナポレオンが跪き司教によって頭に冠を載せられるはずが、一転して王妃となるジョセフィーヌにナポレオン自らが戴冠するということで、教会の権威を超えて皇帝として君臨するナポレオンを描いたとして有名です。この絵でも戴冠される側のジョセフィーヌは階段の下で跪き、階段の上からナポレオンが戴冠しています。これはジョセフィーヌ<ナポレオンという関係性を表現したいのではなく、ナポレオン=教会(=神)という図式を表現し、皇帝であるナポレオンが神格化されていることが分かります。
このように空間の上方は身分が高く、下方は低いという連想は世界各地で共通した認識で、例えばギリシア神話では死後の世界は地底にあり、地上階に人間、天空には神々が住んでいるということになっていますし、それは日本の神話でも一緒で黄泉の国は地下にあることからも分かります。

4-8. 階段 (4)

幾分話がずれていますが、階段の形というものが「階を上がる」という機能に伴い、必然的に重力に対する身体の動きに密接に関わっていることは分かるかと思います。その段差が足を上げて上がれる程度であれば階段と言えるが、手を上げてやっと届く様な壁の様な段差はあくまでも段差であって、階段にはなり得ないということです。この点は身体のスケールとは縁が切れている屋根とは違った階段の祖型的な有り様だと言えるでしょう。
以上は階段が階段たるかたちについての話でしたが、続いて別の観点から階段を考えてみます。階段の目的としては、身体が階の上下を移動するということですが、結果として2つの身体があるとすればその位置関係は上と下に分かれます。日本語でも立場の違いを上下関係といったり、身分を高い低いといった表現をしますが、それは現実の空間における身体の位置関係でも全く同じだということは容易に想像ができるかと思います。

図4-8-3:大政奉還

図4-8-3:大政奉還

上図は大政奉還の時の様子を描いていますが、階段とも言えないような1段で身体の位置の差をつくり、身分の差が表象されています。