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5-8. コンクリート (1)
5.オフィスビルの素材
前回まで長々と鉄に関しての稿を続けてきましたが、今回からもうひとつの主たる構造材であるコンクリートについて筆を進めたいと思います。
現代で建物の構造に使われているコンクリートは主に鉄筋コンクリートで、コンクリートの中に鉄筋を入れて補強したものです。そもそもコンクリートとは砂利や砂をセメントで固めたものをさしますが、その力学的特性は圧縮力には強いものの引張り方向には脆いという欠点があります。そこで鉄筋をコンクリートの中に入れることで引張りにも強くしたものが鉄筋コンクリート(RC)と呼ばれるものです。これは19世紀中頃にフランス人の庭師であるジョセフ・モニエがそれまで粘度などで作っていた鉢が成長する根によって破壊されないように強力な鉢が必要だという時に、セメントを鉄で補強したものが始まりだと言われています。その後、橋梁や建築物に転用できるように研究が重ねられ、エンジニアであるフランソワ・エンビック[Francois Hennebique]が1893年にパリに建てた建物が世界初の鉄筋コンクリート造の建築物であると言われています。建築家はリヨネ・エデュアルド・アーノルド[Lyonnais Edouard Arnaud]というあまり知られていない人です。
この建物は特別な名称が与えられておらず単に[1 rue Danton]の建物と言われています。構造的な技術革新はあったものの建築意匠的には当時の歴史主義的な意匠の延長線上にあります。それ故、初のRC造建築物に関わらず建築史の中でもあまり注目を浴びてはいません。とはいえ、当時の組積造の建築物と比較して考えたら、柱のスパンが大きく飛ばせるので、2階部分のアーチ状の開口部が大きくとられて、ガラス面の多い開放的な建物と出来ているということは注目に値します。
5-7. 鉄 (18)
先に筆者が設計した例で示したように、構造形式の選択および、鉄骨造の場合の鋼材の選び方などは力学的合理性やコスト面とともに空間そのものをつくるひとつの重要な要素です。より分かり易い例を以下に挙げてみます。
これはミース・ファン・デル・ローエ設計のドイツ、ベルリンにあるナショナル新ギャラリーで、1968年にオープンしたものです。ギャラリーといってもコレクションはほぼ地下に納めてあり、地上階は正方形のワッフル状の屋根とそれを角ではなく辺の途中で支える柱、そして内外を分節するガラスのスクリーンと極めてシンプルな佇まいをしています。地上部はファインアートの展覧会をするというよりも、現代アートの企画展をするのに適した場所と考えれば良いでしょうか。
屋根は正方形を分割してH型鋼で組まれたものです。柱の方もH型鋼ですが、X方向、Y方向にそれぞれにクロスさせたような断面形状をしています。先述の通り、H型鋼はウェブ方向の曲げについては強いのですが、その直交方向に対しては強くありません。そこでH型を90°回転させて組み合わせた様な鋼材としているわけです。ただ、一般的にはこういう場合には丸形鋼管や角鋼管の方が鋼材量との関係で言えば効率が良いのですが、あえてこのような断面とすることによって柱に影を落とすことによって、一般的な柱の大きさで、ぼってりとした重たい印象にならないようにしています。また接合部はピンになっているので、かなり厚みのある重々しい屋根が華奢なピンの接合で柱に乗っており、軽々しく持ち上げられているように見えます。ガラスの透明性や内部のプランの単純さも相まって、単純明快な構成が明確に現象として立ち現れている作品だと言えます。
5-7. 鉄 (17)
鋼材は一般的には一定の断面形状をした長い形で生産されます。断面形状によって力学的な合理性が違ってきますので、適材適所で使い分けることになります。最もよく見るものはH鋼です。この形は鋼材重量に対する剛性や強度(断面効率)が優れています。例えば、「H」という文字の水平方向に対する曲げ強度が強いので、これを90°回転させた形で、鉛直力を負担する梁として使われます。H字の縦2本部分をフランジ、間をつなぐ横1本をウェブと呼びます。また、角型や丸型の鋼管は断面を見た時に方向性が無いので、柱として使われます。それ以外にも、H型とプロポーションを変えただけのI型鋼、L字をした山形鋼、カタカナのコの字型をしているいわゆる「Cチャン」と呼ばれる溝型鋼など、必要とされる力学的特性や納まりに対して、これらの種類の鋼材を適材適所に使用しています。
上の写真は筆者が原宿で設計した鉄骨造の建物の天井を見上げたものです。小さな建物なので耐火被覆などが不要で柱、梁などの構造が顕しになっておりよく見えます。柱梁の角を繋いでいるのがブレースですが、筒状の空間となっているのでブレースが筒を横切るようには配置したくはありません。そこで写真の右手側、柱と短手梁方向は剛接合としています。柱はH型鋼がスパン短手方向とウェブの方向を合わせて、剛となる方向に強度を担保しています。一方で左手は細い丸鋼管として鉛直力だけ受け持つピンで接合しています。このように向かって左手のサッシ側にはとても繊細な柱のみを落とすことで、外観上は殆どサッシュしか見えないような極めて透明感の高い建物を実現しています。
5-7. 鉄 (16)
ここでRC造と鉄骨造をそれぞれトピックごとに比較してみます。
- 工期:
- RC造は1層毎にコンクリートを打設するので現場における工期は長くなります。鉄筋を組み、型枠を組み、コンクリートを打設して、養生して強度が出るのを待つという工程を繰り返します。一方で鉄骨造の場合には、工場で製作してきた部材を現場で組み、溶接、ボルト締めなどをするだけなので、現場における工期はRC造よりも早いと言ってよいでしょう。しかし、現場に入る前段階での鉄骨ロールの発注、工場での製作期間などを含めると一概にRC造よりも早いという訳ではありません。
- 構造:
- もちろん色々な考え方は存在しますが、RC造の場合にはラーメン構造が一般的です。これは柱や梁の接合部が剛接合で作る、つまり関節部分をガチガチに固めるということです。固めるためには部材の断面が大きくなるということがあります。(部分的に壁(耐震壁)を入れたりして断面を小さくするなど、様々なやり方はあるのですが、ここでは単純化して一般論として書いています。)
鉄骨造の場合には、柱梁の接合は溶接やボルトで留めて、剛ではなくてピン(それだけだと自由に動く、ぐらつく)として考えることが多いです。例えば四角いフレームを作るとしたら、接合部はピンでくっついているのだけれどそれは変形して平行四辺形になってしまいます。そのために対角の2点を結ぶような線材(ブレース)を入れて三角形を作ります。3角形は長さが定まっていれば形は変わらない、固定されます。
つまり一般的には鉄骨造は相対的に細く作れるけれども、場所によってブレースが出てくるのに対して、RC造はごつくなるけれども、フレームのみで構成できるといった違いが出てきます。 - 重量:
- 鉄骨に比べると、RCの方が建物の重量が重くなります。建物が重ければ重いほど基礎にかかる負担が大きくなるわけなので、基礎杭のコストなどに影響があります。
- コスト:
- 鉄骨の方が高いと言われていました。一時は中国の博覧会やオリンピックを中心とした経済成長による需要増によって鉄資源が世界的に中国に集中したために鋼材価格が高騰していましたが、今は比較的落ち着いています。一方で東日本大震災後の復興活動において、スーパー堤防などの土木関連工事が相次いでいること、あるいは東京オリンピック関連工事でRC需要が高まり、型枠工などの人件費が高騰しているようで、今ではどちらが高いだとかは一概には言えない状況のようです。
このように鉄骨造、RC造のそれぞれのメリット・デメリットがあるので、それはそのプロジェクトに応じて最適な方を選択するということをしています。
5-7. 鉄 (15)
さてここで一旦、鉄骨造の歴史は止めておくとして、現代の建築における鉄を少し考えてみたいと思います。
建築における鉄ということで真っ先に考えられるのは構造材としての鉄です。先にも述べましたが、現在の日本では木造、鉄筋コンクリート造(RC造)と鉄骨造の3つが主な構造形式であると言っても良いでしょう。木造については耐火性能などの観点から、規模的に2階、3階建て程度までしか一般的には建ちません。木造の集成材を使ったドームなどはありますが。(ちなみにヨーロッパでは大断面集成材で燃え代を十分に残すことによって、木造で中層建築物を建てる試みなどはあるようです。)つまり一定規模以上の建物になるとRC造か鉄骨造、あるいはそれらを複合した鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC造)のいずれかを構造形式として選択するということになります。
鉄骨造とRC造のどちらを選択するのかという点は、それぞれのメリット、デメリットを鑑みての判断になることかと思います。