新着情報

5-8. コンクリート (11)

図5-8-9:クック邸

図5-8-9:クック邸

これら近代建築の5原則はコルビュジェの住宅作品において実現していきます。
1926年に竣工しているクック邸はその5原則が結実した最初の作品だと言われています。この建物はパリの西郊外Boulogne-sur-seineという19世紀後半から20世紀前半にかけて開発された高級住宅地にあります。日本の戸建のように敷地に独立して建っているような形ではなくて、両隣と界壁を共有しているような、パッと見は長屋のような造りです。前面道路から見て前庭があり、建物、そのさらに奥には裏庭があるような敷地に対する建ち方です。4階建てのファサードから見て近代建築の5原則がすぐに見て取れるようなものです。1階はピロティで外部空間が前庭から連続していて、用途的には向かって右側が駐車場として利用されて、階段を挟んで左側は。裏庭へ続く外部空間となっています。2、3階は水平連窓となっていて、自由な立面とともに2つの原則が体現されています。そして4階は屋上庭園となっているのが分かります。
このように見ていくと近代建築の5原則が過去の建築物と比較して、内部空間と外部空間の関係をいかに流動化させていったかが分かります。それまでの建物は壁構造で出来た重々しい箱でした。それは外部環境をシャットアウトすることで内部の安定した環境をつくることには適していましたが、開放的とは言い難いものです。一方でコルビュジェの住宅をみていると、住宅の中に外部空間が流入してきて、住宅の領域が建物内に留まらずに庭などを含めた外部空間まで広がっているようです。

5-8. コンクリート (10)

この「近代建築の5原則」を見ていると必ずしも5つというよりも、それぞれが重複している内容に見えてきますが、何はともあれ意匠上のこれらの構成を達成するための建築技術はやはりRC造であるということに尽きます。特に「自由な平面」「水平連窓」「自由な立面」の3つは全て壁構造からRCの柱梁による構造への変更を前提にしてこそ成立するものです。

図5-8-8:ドミノハウス

図5-8-8:ドミノハウス

上図はコルビュジェが一次大戦後の住宅の大量供給のために考案したドミノハウスと呼んだ住宅のモデルですが、要するに壁構造に対する柱梁構造の提案で、プランニングはいかようにもフレキシブルに対応すれば良いと考えられ得るものです。コルビュジェのアイディアを純粋に昇華させればこのような極めて単純なモデルとして示されるということだと思います。
また、「屋上庭園」というのもRC造ならではのアイディアです。現代では木造住宅の陸屋根といってもあり得るくらい防水性能が高くなっていますが、当時の防水技術ではあり得ないことでした。防水の原則は十分に屋根勾配をとるということが基本で、そうすれば施工上、多少防水に不具合があったとしても水は自然と流れてくれるからです。しかし、RC造となると打設時に一体化したコンクリートの塊として打つことが出来るので、躯体そのものである程度の防水性というのを期待しても良いということだったのだと思います。当然、コンクリートは水が浸みるので、現在は間違いなく防水加工を施しますが、当時としては陸屋根を実現する有効な工法だったと考えてよいのでしょう。
また、ピロティも建物本体を地上に浮かせるわけですから、その柱に相応の力を持たせるということで、RC造が可能にしたと言えるものでしょう。

5-8. コンクリート (9)

さてこれまで述べてきたようにエンビックから始まりプレモダンにかけて構造材、構造形式として普及してきた鉄筋コンクリート造ですが、この技術をバックグラウンドとして意匠的な言説を明確に打ち出したのは、やはりル・コルビュジェの「近代建築の5原則」[Les 5 points d’une architecture nouvelle]と考えてよいかと思います。

図5-8-7:サヴォア邸

図5-8-7:サヴォア邸

これを最も良く表している作品として取り上げられるのがこのサヴォア邸です。まずは5原則の内容をおさらいしてみると、

ピロティ[les pilotis]:
建物を持ち上げて地上階を動線空間とする、地上階の湿気を避ける、建物の下も含めて周囲の庭を連続させる、といった目的があります。ピロティという言葉自体は「柱」という意味です。
屋上庭園[le toit-terrasse]:
伝統的な勾配屋根からフラットな陸屋根にするという意味があります。そうすることによって屋上はアクセス可能な場所となり、日光浴の場所として、あるいはスポーツやプールといったアクティビティを提供する場所となります。
自由な平面[li plan libre]:
壁構造が主流であった西洋建築において、柱梁構造として壁を非耐力壁とすることで、構造から独立した平面形状を可能とする。
水平連窓[le fenêtre en bandeau]:
「自由な平面」と同様に外壁を非耐力壁としているので、窓の上部にまぐさが必要がなくなり、水平に連続する窓が可能となります。
自由な立面[le façade libre]:
これも上2点とどうように、構造から独立して率面構成が自由になるということです。

5-8. コンクリート (8)

ここでポイントなのが表に出ている4本の柱は仕上げ材ではなくて、無垢の大理石だそうですが、これらは建物の荷重を支えていないそうです。建物本体の構造は実はRC造で、広場に面して隅切りされた角の部分はRCの柱に大理石の仕上げがなされているということです。そのような事実は現代的な我々からすると多少の混乱を引き起こします。結局、大理石は装飾なのではないかと?恐らくそれはやはり現代的な、あるいは日本的な大理石に付着した素材に置ける意味なのであって、あくまでも大理石は装飾的な素材ではなくてただの仕上げ材であると考えるべきなのでしょう。写真でぱっと見ても分かりませんが、この大理石の貼られ方はあえて目が合わないように貼られているそうで、そうなるとあくまでもこれは表層なのだよ、というジェスチャーとして考えられるでしょう。近代建築における合理化の流れの中で、構造と表層が一致することこそが合理的=最適であるという発想がモダニズムにあるとすれば、この建物はあくまでも歴史主義とモダニズムに挟まれているプレ・モダニズムの建物であると考えて、この表層と構造の不一致をあえて見せるということで、装飾をふくめてそれらの諸問題を顕在化させていると読み取っても良いのではないでしょうか。

5-8. コンクリート (7)

図5-8-6:ロースハウス

図5-8-6:ロースハウス

このロースハウス、周辺の建物と見比べてみれば、実に装飾が少ないのがお分かりかと思います。ロースが著した本は「装飾と罪悪」というタイトルがついていますが、装飾を施すことがまさに罪悪であるかのような文章を残しています。これは当時のウィーンに溢れる、ロココ、バロック及びそれに続く歴史主義的建築の潮流に対してのアンチテーゼであったと想像がつきます。
しかし一方で、現代の私たちにしてみれば、1、2階廻りの大理石のファサードについては非常に装飾的に見えますが、ここではまず、大理石は大理石の柄が出ているだけであって決して装飾ではないという理解をするべきなのが1つ。また、ロースはギリシアやローマの古典に傾倒していたということもあり、それらの時代のファサードの構成、基壇の上に柱が並び、その上に軒蛇腹、ペディメントが乗るという建築的なあり方は決して装飾ではなくて、建築の最もプリミティブなあり方だと見ているように思えます。ロースハウスは上階の淡白な部分を除いて、大理石で出来た1、2階廻りだけ見てみても、構成は非常にシンプルでかつ古代ローマ建築を思わせる大きなスケールを感じることが出来ます。