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5-8. コンクリート (16)
ここまでは主に鉄筋コンクリートについて述べてきました。
そもそもコンクリートがなぜ固まるのかをおさらいします。まずコンクリートはセメント、骨材、水を混ぜてものが時間をかけて固まります。セメントは粉末状のもので、これに水を混ぜることで糊のような役目を果たして、骨材同士を繋いで固まります。一般的に骨材は細骨材として砂、粗骨材として砂利が使用されますが、骨材そのものは必ずしもそれらのものでなくても、あるいはなくても固まりはするわけです。そのように骨材なしでセメントと水を混ぜたものはモルタルと呼ばれます。ところでセメントの成分を化学的に捉えると、ケイ酸カルシウム、アルミン酸カルシウム、鉄アルミン酸カルシウムと呼ばれるもので、水を加えた時に水と水和反応という化学反応を起こして水和物を生成し、反応が進むとセメントゲルと呼ばれる結晶を形成するようです。化学的な説明は以上のようになりますが、いわば骨材が接着剤のようなモルタルで結びついている状態がコンクリートだと単純化して考えると、その力学的特性が引張りには弱く(糊が剥がれ易い)、圧縮には強いということは何となくイメージがし易いかと思います。
5-8. コンクリート (15)
またコンクリートの構造表現としてシェル構造というものがあります。代表的なものは誰でも写真で見たことがあろうヨーン・ウッソン設計のシドニーオペラハウスです。
1955年に行われた国際コンペでエーロ・サーリネンがスケッチ程度しか描かれていないヨーン・ウッソンの作品を当選案にしたという逸話が残っています。シェル構造というのは、貝殻[shell]のように薄いけれども、そのものに加わる外力が曲面に沿うかたちで圧縮方向の軸力に作用することによって強度を保つという仕組みの構造で、そういう意味では球体、アーチなどと基本的な力の考え方は同じかも知れません。いずれにせよ、コンペ以前にサーリネンはシェル構造の構造的可能性を十分に理解していたでしょう。コンペで当選したウッソンはスケッチを完成させるのに、原案から調整を重ねて現在完成しているシェルの形にたどり着いたと言われています。
一方、コンペでウッソンを選んだサーリネンはというと、1962年のJFK空港のターミナルビルや1955年のマサチューセッツ州工科大学の音楽ホールを、シェル構造を使った屋根の架構とすることで、以前には見られなかったダイナミックな建築の屋根を実現することに成功しています。
5-8. コンクリート (14)
ブルータリズムのブルータル[brutal]の意味は「粗野な」「乱暴な」ですが、これはイギリスの建築史家レイナー・バンハムが彼の著作の中である一連の建築の傾向を指すのに[new brutalism]という言葉を使ったのがきっかけとされています。彼が念頭に置いていたのは後期のコルビュジェの作品などで、コルビュジェ自身は[béton brut]即ち「生のコンクリート」という言葉を使って、コンクリート打放しの荒々しい表現のことを指していました。例えば、彼の後期の作品であるユニテ・ダビタシオン[unité d’habitation]やインドのチャンディーガール[Chandigarh]の議事堂などを見てみればその傾向が見て取れます。
また、イギリスのアリソン&ピーター・スミッソン夫妻の作品群などもブルータリズムの流れの中で説明がなされますが、コンクリートの荒々しい質感が一定の単位が繰り返される建築の表現と結びついているという点が指摘されるかと思います。コンクリートからは離れますが、他にもブルータリズムの建築家として、ジェームス・スターリングが挙げられますが、彼もレンガや鉄、ガラスといった素材を荒々しく対峙させることで独特の世界が表現されています。
5-8. コンクリート (13)
またサヴォア邸では屋上庭園が2階まで降りてきているのがファサードの写真から分かります。外壁に穿たれた水平に長い穴は向かって左側はリビングの窓に対応していますが、中2つと右側のスパンは窓枠がなく、外部空間であることが分かります。自由な立面と屋上庭園が複合的に重なっていると考えてよいでしょう。その背後にはスロープが見えて、屋上に庭園が連続していく様が見て取れます。
コンクリートから逸れて内容が「近代建築の5原則」に偏ってしまいましたが、このように近代建築と呼べるものを達成できた技術的バックグラウンドは一重に鉄筋コンクリート技術の発展があったと言って間違いはありません。木造や鉄骨造であっても基礎は鉄筋コンクリートで造ることが殆どですし、現代の建築を建てる上での技術的な大前提です。
1920年代にコルビュジェを筆頭にその他の建築家も鉄筋コンクリート造の建築物がより一般化されていますが、第二次世界大戦を挟んでその後、大きく展開したのはブルータリズムあるいは構造表現主義(ハイテク建築)などと言われている50年代以降のムーブメントでしょう。
5-8. コンクリート (12)
続いて1928年に竣工したサヴォア邸はさらに近代建築の5原則を明快な形で実現し、近代建築史において最も有名な住宅の1つとして位置づけられた作品になっています。
サヴォア邸もパリ郊外のPoissyに建てられていますが、Boulogne-sur-seineと比べてかなり遠い郊外と言って良いでしょう。小高い丘の上でかなり広い敷地に住宅がポツンと建っています。クック邸があくまでも都市型の住宅なのに対して、サヴォア邸は明らかにヴィラの系譜に位置づけられます。コルビュジェが付けている名称も[Maison Cook]と[Villa Savoy]と明確に呼び分けています。ところでヴィラというのは、古代ローマを起源とした貴族が田舎につくった邸宅のことを指します。
このような立地条件は条件が厳しい都市型の住宅に比べると、近代建築の5原則をよりピュアに表現することを可能にしました。キュービックなボリュームはクック邸のように壁を共有すること無く独立してピロティによって宙に浮かされました。1階にもエントランスやサービス部分といった建物のボリュームがありますが、それは深い緑色に塗られて背景となっている木々たちと同化し、ピロティの柱の白さが際立って浮かんで見えます。またその1階部分のボリュームは車の回転半径に合わせて弧を描いていますが、それがエッジを立てないことによって背景と同化することをより効果的に見せているわけです。