言語について
言語について(あるいは、なぜ口語なのか、について。)
自らの生理とか存在に密着した何かを表現しようとする時、自らが考えるときの言語でなければならない。言語がなくて考えることはできない。考えるときの言語は物心ついたころから口語である。フランス語で考える人はフランス語英語で考える人は英語での表現が本来である。言語には、においしつどおんどたいおんせいりにくしみかなしみおいたちせんぞしゃかいそのほか、その人を存在にさせるに至ったすべてが内包されている。
言語についてのすぐれた随筆を抜粋して紹介したい。(藤原正彦著 祖国とは国語 より)
祖国とは血でない。どの民族も混じり合っていて、純粋な血などというものは存在しない。祖国とは国土でもない。ユーラシア大陸の国々は、日本とは異なり、有史以来戦争ばかりしていて、そのたびに占領したりされたりしている。にもかかわらずドイツもフランスもポーランドもなくならない。
ユダヤ民族は二千年以上も流浪しながら、ユダヤ教とともにヘブライ語やイディッシュ語を失わなかったから、二十世紀になって再び建国することができた。
言語を損なわれた民族がいかに傷つくかは、琉球やアイヌを見れば明らかである。
祖国とは国語であるのは、国語の中に祖国を祖国たらしめる文化、伝統、情緒などの大部分が包含されているからである。血でも国土でもないとしたら、これ以外に祖国の最終的アイデンティティーとなるものがない。
若い頃、ドーデの『最後の授業』を読んだ。普仏戦争でドイツに占領されたアルザス地方の、小さな村の小学校の話である。占領軍の命令でフランス語による授業が打ち切られることとなり、最後の授業が行なわれた。老先生の教室には、子供たちの他、かつての教え子である村人たちもやって来る。授業の最後に先生は、悲痛な表情で「国は占領されても君たちがフランス語を忘れない限り国は滅びない」と言う。
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